この世はふむふむでできている

いろんな世界をのぞいてみるブログ

死ぬまでずっと好きでいられるなんてこと、この世にあるのだろうか

いろいろなコト、モノに興味をもち、好きだと思ってのめり込むが、だいたいそれは永遠には続かない。どこかで見切りをつけたり、いつの間にか疎遠になったり、気がつけば何も残っていない気がする。

芋けんぴ

これは5~6年くらい続いたと思う。初期の潜伏期間~後半の終焉期間を含めるともっとかもしれない。狂ったように芋けんぴを食べた。ほぼ毎日食べていたし、お取り寄せもした。Googleで何度「芋けんぴ」を検索しただろう。日本橋・芋屋金次郎の揚げたて芋けんぴは、出張中にも関わらず上司を説得して行列に並ばせていただいた。転職先を探していたときには、芋けんぴのそばで働きたいと思い、芋けんぴの製造会社をリストアップしていたくらいの熱心さであった。

そして、今。あれば食べるくらいの熱量に落ち着いている。嫌いになったわけではなく、沸騰していた熱量が水に近いくらいのぬるま湯に落ち着いたという感じだ。転職しなくて本当に良かった。でもあの時の気持ちは一体どこへ行ってしまったのだろう?

 

今夢中になっているもの。

「猫」

猫がものすごく好きだ。愛おしすぎて、動画を延々と愛で続けていられる。使われないで終えそうな母性があふれ出てしょうがない。わたしは今、猫と暮らす生活を夢見て暮らしている。

  • 猫との暮らし方について学ぶ →→ 2年前に書籍を購入済。猫系ブログも愛読中。
  • 里親募集のページをチェック →→ かれこれ5年以上チェックしている。
  • ペット賃貸可の物件に引っ越す →→ かれこれ3年くらいチェック中。物件少ない。
  • 覚悟を決める

知識的な準備はできている。あとは覚悟だけ。

わたしは自分の中の芋けんぴ愛が終わりを迎えて以来、「死ぬまでずっと好きでいられるなんてこと、この世にあるのだろうか? 」と思いながら、「死ぬまでずっと好きでいられること」を探し続けている気がする。芋けんぴと猫。比べること自体おかしいだろうか。これからわたしに必要なのは覚悟だ。

芋けんぴ。ごめんなさい。もっと覚悟してきみと向かい合うべきだった。嬉しいとき、悲しいとき、いつもわたしに寄り添ってくれていた。ちょうど東京に出てきたばかりで知り合いもいない、ちょっと孤独な生活の中、きみがいてくれた。時折、びっくりするくらい長いときがあってわたしを驚かせ、微笑ませてくれた。いつもそばにいてくれたからすっかり甘えちゃったね。いつかきみのふるさと高知県に行ってみたいな。覚えてる? きみがふるさとのこと話してくれたんだよ。とってもいいところだよって。お酒もおいしいよって。地図みながらさ。ごはん食べるならここ、芋けんぴ買うなら断然ここ! ってね。元気にしているかな。元気にしてるよね。いつか会えたら、そしたらあの頃のこと笑って話そうね。本当に、ありがとう。

あらためて自分の中の芋けんぴに手を振った。今日は自分の内面にふむふむしたおはなし。