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「負け犬の遠吠え」から「子の無い人生」への旅路をゆく

酒井順子さんの「子の無い人生」を読んだ。

思えば30代。「負け犬の遠吠え」という本が出たときは衝撃だった。ひざから崩れ落ちるような感覚とともに、感じた安堵感を今でも覚えている。「わたしは負け犬じゃない」と鼻息荒く憤慨するでもなく、「わたし結婚なんて興味ないんです」というフェミニズム的な思想をもっているわけでもない。「気がついたら、なんか…こんな感じになっちゃって…とほほ」という “おいてけぼり感” にしっくりきた言葉。そう、負け犬という免罪符である。40代を目前に、負け犬感を胸に抱きつつ、ここまで生きてきた。「自分は負け犬」という言葉をかみしめ、世間様のお邪魔にならないよう、自分なりにつつましやかに生きてきた。そこへ見えてきたのが40代だ。

30代の結婚している・していないなんて、そんなの序章に過ぎなかった。「子の無い人生」は、女として、いや人として、いや生命体として、考えさせられるものがある。

わたしは小さいころ、関口宏の「わくわく動物ランド」という番組が大好きだった。弱肉強食、食うか食われるかの世界。子を産み守り育てて、また命をつないで繰り返していく。たくましく成長する姿を追っていると、胸が熱くなった。絶滅危惧種の動物を想い、胸を痛めた。生命の営みにあれほど胸を打たれていたはずなのに。…それなのに。

女としてというより、生命体としてどうなのか、と。時折かすめる罪悪感の正体を見た気がした。

それでも、わたしは子を産まない人生を望む。この先に感じるであろう哀愁も情けなさもすべて含めて。

それにしても、「子の無い人生」を読んでいると、考えさせられる一方で酒井順子さんの語り口が非常に淡々としており、ついつい笑ってしまう。切り口がうまいなぁと思う。ほんのり自虐的でありながらも冷静な考察に「ぷっ」と笑けてしまう。

子の無い人生にふむふむしたおはなし。そうだ、性懲りもなく結婚をあきらめていない姉にも貸そう。